panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

イスラム金融を読む

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 混沌のなか、わずかなスペースをつくって机にたどりついて、書いている状態である。結局監督のため日がな一日自宅にいるだけであり、いまや自分史的にはもっともファットな状態である。毎夜行くスーパー銭湯で判明した。ただ職人たちのやっていることを混沌たる別室でぼんやり見ているだけだから。見ているといっても見てはいない。

 そこで懸案であったイスラム経済について読むことにした。近代化の帰結としてのグローバル化は世界を新自由主義一色に染めているが、染めきれずに中国と対立し、アラブと争っているわけだが、そもそも世界市場を文字通り一つの原理(市場原理)で作り上げようとする宗教的情熱が、ソ連崩壊後の欧米先進国を駆り立てている。しかし当然そこには軋轢が生じ戦争が生まれ国が崩壊し移民が大量に発生し、それが元に戻って自らの首を先進国で絞めるという悪循環。これを断つには、そもそも資本主義が唯一の経済システムだという繰り返すが欧米的信念を再検討する必要があるからである。

 で読んでいるわけだが、イスラム文明にも変遷があり、かつ植民地主義時代以降の変容も著しい。それでもかなり面白いものがあるということがわかる。というかわかっていたから、詳しく読んでいるのだが、結構文献が多いことに気づく。

 いずれにしても秋から人前でしゃべる話の筋は端的に新自由主義批判であるから、ちょうどいいわけなのだった。転んでもただでは起きないという貧者の生を生きてるなあ。

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 それにしてもイスラム国はなぜこのことを知っているのだろう?

リフォーム中ですべてが混沌

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 混沌で画像検索すると出てくるものの1つ。香港か。政治闘争していてもいなくても香港は混沌なのであるね。

 只今、月曜日からのリフォーム中で、居間に今すべてのものを集中させているので、居間は今、こんな感じ。うちが日本のうちなる香港と化したのは、しかし、いいとしよう。

 でもこのぶり返しの暑さは難だ。いや、何だ。台風15号が来た日にリフォーム開始だったわけで、前夜は、ベランダに置いた多数の衣装箱などをまた居間、このうちなる香港の居間に戻したりしたのだが、それにしてもその後の暑さがしんどい。

 とくに浴室のリフォームのため夜は、大衆的温泉施設まで行くのだが、大衆は温泉が好きだ。大衆の一員としてのポキは、大衆の一員としては珍しく反省的思考をもっているので、好きだったのが段々嫌になっている。これは悲劇だ。二日つづけて通った末に心境に急激な変化が生じたわけだが(軽々ではないかと内心忸怩たるものあり)、今日も明日も行かずばなるまい。反省的大衆の一員として大衆のなかに。ん、ヴ・ナロード?(ロシア語だが、我々の世代は知っている。チコちゃんは知らないだろう)。

 いずれにしても浴室だけリフォームしているわけでもないので、来週いっぱい、ポキはこの粉塵と暑さと退屈のなかで生活するのであった。

 そうこうしてうちにまた仕事の季節である。うーん。去年はフィリピン、一昨年は入院、さらにその前の年は香港でこの季節を過ごしたが、いつになったらほんとに自分の時間がやってくるのだろう。

1か月ぶりか、職場


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  ものを運ぶのと、提出物の期限があって、ほぼ一ヶ月ぶりにやってきた。

 ま、日差しは和らいだが、室内は熱中症注意くらいの表示が扇風機なら出てくるくらいの温度なので、上半身は裸に近い。しかし誰もいないようなビルなので、いいだろう。

 9月は例年海外に遠征ではなく、研修にでかける季節だが、今年はありがたいことにないので、非常に心に余裕がある。これから仕事のはじまる下旬はじめまで完全に自分の時間かと思うと、うれしさ百倍。

 朝のテレビでとうとう中国共産党国家香港支部長が白旗をあげ、抵抗側の代表者で自習で日本語を学んだ周(チュウだね)庭という学生がテレビに出ていた。まだ闘争はつづくようだが、どうだろうか。この辺で矛を収めないと、まずいことになるのではないかという感じがするが、二年前にこの時期大挙してでかけた香港の市井の人びとに、これほどの政治的エネルギーがあったことに驚く。不明も恥じるが、また行ってみるかと、珍しく思う。

 16世紀のドイツ農民戦争では戦闘では農民側が勝ち続けた。しかしそれを政治的に維持する能力も思想も弱かったため、旧来の政治支配層に負けてしまうのだが、農村的コミュニズムがその後突如かつ偶然出現する資本主義を打ち倒す可能性すらあったのに、つまり近代の様相がいまとは一変する可能性があったのに、いまから思うと、残念なことであった。経済のあり方もイスラム的なもっと互助的なものになることだってできたのに、、、。

 歴史的な教訓を思い出す職場にて。

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  黙示録的神話や千年王国主義的信念やユートピア思想はキリスト教の変形であり、近代の政治宗教を規定してきた。そもそも近代は宗教的な政治を闘ってきた。ということを非常に説得的に示し、そういう意味で近代は西洋のものの見方によって成り立っているということを主張する。というのも、そうした神話や信念や思想は、世界の中で、キリスト教以外にはなかったものだからである。

 ある意味わかっていたこととはいえ、こういう権威が裏付けてくれるのはありがたい。オックスフォードとLSEの教授だった研究者。

 

 

カオカオ?カオピー?  誰?

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 東京国立博物館曹操に英語でCao Caoと発音が出ていた。曹操はカオカオだったのである。そしてその息子曹丕はカオピーなのであった。思わず、笑いそうになった。
 日本人からみると、「ピー」だの「ペ」だのがついた名前は想像できないというだけなのかもしれないが、それにしても失笑だの苦笑だの哄笑だのを禁じ得ない。

 そう思ったのは、いま大問題になっている朝鮮族たちの騒動で、出てくる名前が吹き出しそうになるからである。昔ようやく朝鮮族たちの愚行に関心がわいたときに、一番困惑したのは、ハンギョレ新聞という名前の新聞があるということだった。ハンギョレ。何が悲しくて。

 あるとき愛する中国に従おうとして、漢字の読みを中国式に変更したというのが朝鮮半島である。その結果、ペだのチョだの、やはりどうしても日本式には突発的に笑いを誘うような発音になってしまったのである。もとは中国とはいえ、それにしても、発音の変更は、大国にはひたすら従い、対して格下には執拗に軽蔑しつづける朝鮮族らしい決断だった、と思える。

 

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とうとうキューブの生産が中止となった。愕然としているが、いまどきキューブを買う人間もどうかしてると思っていたのだが。2代目くらいのキューブにのって15年以上。少々の感慨アリ。

 

 

大山詣でを敢行する

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 急に家人1が思い立って、伊勢原市にある大山阿夫利神社詣でを行った。思いついて出発まで20分。いかに沈滞した気分であったかがこれでもわかる。

 ところで、考えるまでもなく、一回乗り換えすればそこは伊勢原という近距離にポキは住んでいるので、なぜこれほど長いこと、詣でなかったかということこそ、一つの問題になるような観光地なのである。うん。 

 駅前からバスが出ているのですこぶる楽。そして車で来なかったことを天に感謝した。バス道路がとくにそのようだが、二台すれ違えない道がうねうね続くのである。参道ともいえるだろう。これでは昔の人は一泊したはずである。神社の足元は宿坊だらけだ。

 ミシュラン2つ星らしく、阿夫利神社下社からみる一帯の眺めは、絶景である。清潔な珈琲ショップが併設されていて、そこから眺めると、ひときわそう思う。

 しかも昨日は9月の始まりの日である。秋になったんだなあ。感慨にもふける。帰ってきて夜、ベトナムから腰痛を心配するありがたいラインをもらったのだが、ベトナムにも香港にも秋は来ない。日本にだけ秋はある(中国韓国には冬しかない)。

 そんな貴重な感慨をもって、帰りの長い石段を下ると、やはりそこは夏だった。Tシャツを着ていったのだが、それが間違いだったかもしれない。日本の夏にTシャツは無理なんだから。

 帰りの電車は小田急伊勢原なのだが、この町が思った以上に悲しい地方都市だということに衝撃を受けた。ということも付け加えよう。

やる気がでないので、ぼんやりする

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 忙しく立ち働いたので、函館で、何か放心状態である。方針が立たない。疱疹は出ていない。保身の必要もない。そもそも保身を心掛けたことはない。ということで、ポツンポツンとこの本に目を通す。函館の自宅にあった。

 疱疹はないのだが、腰痛が発生している。これははじめての経験である。函館の自宅から港近くの観光でおなじみの明治館まで自転車で行ったり来たりしたし、そもそも一度無銭飲食になって、翌日また金を払いに松風町まで行ったりして、相当自転車で走ったからなあ。

 死んだ弟が持っていた本の一冊であるが、これを読むと、なんかイメージと違って、池波はまるでポキのような生活を送っている。しかも生活水準が高いから高等遊民状態である。ポキの高等遊民は遊休状態で、中等遊民なので全然追いつかないが、要は、映画の試写会と本読んで暮らしている。

 たまに絵も描いている。食べるものは、ご承知のように、グルメだし、なんといっても銀座日記だし。

 高等教育を受けていない下町出身の作家なので、もっと平民的かと思っていたが、知的選良の生活である。うーん。テレビでやっている池波行きつけの店なんかも、ここからとっているのだろう。パラパラ読み続けよう。

三国志鑑賞

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 東京国立博物館で昨夜見てきた。金曜日の夜は遅くまでやっているのである。

 西晋以後の南北朝のほうにどっちかというと興味があるので、三国時代については一通りの知識しかない。なので、ま、勉強である。

 たくさんあったが、やはり中国には、残っている物が少ない。今回も出土したものが多く、たいていは墓からだ。つまり地表にあるものはすべて王朝の興亡の動乱とともに破壊され焼却され消え失せてしまうため、ほとんど残らない。その結果、到底、日本では片隅にあるようなものが、なんだか中国第1級何とかという扱いである。致し方ないが。

 というわけであるが、夜の東京国立博物館の全体の佇まい(たたずまい)や館内の落ち着きのほうが印象的であった。そんな夜。

 帰りに疲れて、パークサイドカフェで夕食をとったが、こっちが抜群だった。毎回毎回素通りしてきた誰でも気づく店だが、一度も入ったことはなかった。8月の夜というのに涼しいので外のテーブルで食べたが、それもまた、美味の一部であった。

 今日から本格的な夏のぶり返しがほんとに来るのだろうか。戦々恐々たる朝。

 

戻る、最悪の季節のなかへ

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 (どこからか拾ってきた写真で、北海道ではない。ロシアだったような記憶がある)

 函館から戻ってきた。割合気温は低いと思うが、湿度が高い。クーラーの生活に戻った。

 今年はブラキストン・ライン以北の夏のよさというのをまざまざと味わった。そもそも相当日焼けしたのだが、夏が終わるのが惜しいという気持ちの中で外を歩くわけで、本州で日焼けするのとは全然意味合いが違う。ボードレールの夏なのである。

 でも暑さも終わったのだろうか。さほどでもない。帰省する前にはTシャツなんか着れないくらい暑かったが、いまではちょうどいい。二枚重ねて羽織っていた布団は、さすがにこちらではいらないが、その分、眠りは浅かろう。

 窓から流れる涼風のなかできちんと眠っていた眠りを取り戻すことはできないが、それにしても、やはり確実に晩夏なのだという感じ。でも九州はとんでもない豪雨だ。

 東南アジアの一角となった日本に戻ったんだなあ。

12度低い

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 昨日の札幌のゴルフコースでは渋野渋子女史は20度の気温で試合をしていた。12 度か13度横浜より低かった。

 今日の函館は、横浜よりちょうど10度低い気温である。ふふふ。フフフフフフフフフフフフフふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。

 何だか王者の風格を自分に感じるのはなぜ?

 ということでこれからほとんど更新できない状態で、比較的長い期間、避暑しております。嫉妬の嵐が予想されるが、正義は勝つ!・・・久しぶりに出ました。

国民の暗愚化を阻止できるのか

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 峠を越したと思うのだが、いぜん暑い。一歩でも外に出るのが億劫である。というか、駐車場までの何十歩が嫌だということでもある。

 さて人々の暗愚化について朝から考える。居間が新旧の世界史全集で覆われつつある我が家では、なぜ昭和30,40年代のまだ貧しく余裕のなかった日本で普通の家庭に、いろいろな全集本が整えられたのであろうか、ということを考える朝から始まるのである。

 なぜ豊かな社会(なのか、今でも日本は?)で、大卒も人口の半分に達した高学歴社会(なのか、ほんとに?)の日本で、無教養化が進行するのか。わけわからん。

 マンションのサイズが小さいので本を置くと汚くなるという美意識優位の家屋構造に一つの、そして誰も指摘しないので指摘したい一因があるのかとも思うが。本という名のゴミ屋敷になっては困るわけだが。

 写真は誰あろう、ゴルバチョフ。こんなになってしまったんだなあ。すれ違ってもわからんね、きっと。

 そして、大学時代のゼミの一員から何十年ぶりかの連絡が入った。今月か来月会おうというのだが、何を覚えていて何が違うのかをすり合わせると、自分の偏りがわかるかもしれない。そもそもまったく無教養な学生時代だったということが外目から露呈する可能性もあるなあ。自らの暗愚をさとる瞬間がくるのか。