panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

すっかり遠ざかってしまった

f:id:panacho:20211201193447j:plain

    (ちみなにこの絵は私の自宅ではない)

    今日は2021年の最後の月の最初の日である。

    すっかり忘れていたブログだが、先月は多忙であって、多忙であるために時々思いだしていたのである。次の1日には書かないとと。ということで、きちんとブログに対峙する今日なのである。

    でも書くことはあまりない。結局、行動が伴わないと感受性や思考も活性化しないのである。ということに気づく。ともあれ、先週は名古屋に出かけ久しぶりに気分が晴れた。たまにはいまあるところのものから離れることが絶対的に必要だという平凡な結論を述べて、終わりにしよう。

また仕事である

f:id:panacho:20210915014702j:plain

    また仕事の季節である。今日からということになるが、昔に比べると、とても早い。もっと月末近くだった感じだから、昔は。

    函館の大森海岸。啄木が一握の砂を読んだよりきっと少し北の方の喫茶カサノバから、恵山方面を眺める。短期帰省した函館では昼夜、食事づくりで疲弊してしまった。ま、仕方ないか。今回はここだけしか喫茶店はいかなかった。

 

果てしない愚鈍

f:id:panacho:20210913102543j:plain

    コロナ禍対策のおそらくは失敗、アフガン撤退に際してのアフガニスタン協力民間人救済の明らかな失敗、そして菅なき後の自民党総裁候補選びにおける軍事・外交関係の議論の停滞などをみていると、軍隊や諜報機関など国家の暴力装置面へのイデオロギー的拒否反応が依然、現在と将来の日本の非常事態対策を有効なものにしないだろうということがわかる。ひどぐね。

    

民衆史の色川大吉氏、老衰で亡くなる

f:id:panacho:20210910060707j:plain

f:id:panacho:20210910060722j:plain

f:id:panacho:20210910060739j:plain

   少し前に報道されたが、民衆史の代表者だった色川大吉が亡くなった。96歳。若いころは飄々としていた。我輩はある意味、国家史側の人間であり民衆史には興味はないが(国家史の側であって国家の側ではない)、新旧の写真を掲げておいた。かつては陽気で社交的な学者の写真と老いてなおの写真と。こうした関心は明らかにこちらの老化のためである。

  3枚目はマージャン小説その他の色川武大(たけひろ)である。名前が似ていたため生前はよく混同されていた。賭マージャンと民衆史では天と地のようであるが。でも軽い賭マージャンやギャンブルは民衆のものか。

  武大が福島で亡くなったときは相当の年に思われたが、60歳であった。戦後の修羅場を生き抜いた、うちの母親と同い年の人間にとって歳月は厳しいものであったということか。それとも徹夜マージャンって、やっぱ体に悪いね、ということか。

 

不覚をとる

f:id:panacho:20210819142510j:plain

(城たい牧場から函館山を一望する)

  3日になっていた。1日から9月はちょうどよいくらいの気温になり、今日は寒いくらいでしかも雨。じめじめしながら気分もその通りであったが、ふとブログのことを思い出した。1日には書くという原則はこうしてコロナ下でどんどん形骸化していくのであった。

  さて長い北海道滞在を終え、戻ってきたのであるが、また再来週には介護認定のため戻ることになっている。函館は快晴で温暖らしいが、一体日本の気候はどうなっているのだろうか。

  今さっき菅が次期総裁選には出ないことが報道された。慶賀に存じる次第。民主党政権の総理大臣が低劣の極みで、それら以下の首相というのはちょっと想像しがたいと思っていたら、いた、いた、菅が、というほぼ一年の歳月だった。武田勝頼のような家臣の反乱によって、退陣が決まったようで、四面楚歌だった。そもそも死に体の内閣改造で役職を受ける議員がいると思っていたのだろうか。奇策だったが(総選挙の前に内閣改造)、あえなく沈没である。

  こうなったら岸田がまた低劣陣営の更新にならないよう祈るばかりである。

オリンピック、今夜終わる

f:id:panacho:20210808173343j:plain

(サムソンとデリラ。我が輩愛好のヴィクター・マチュアと実はハリウッドスターながらオーストリー生まれのユダヤヘディ・ラマール)

 

  ようやく今日でオリンピックが終わる。ようやくと書いても安堵ではない。なんかやはり祭の終わりという感じを受ける。

  金メダルは27個。我輩の予想は23個で、この予想でしこたま銭をもうけた(賭博というほどではないが、日々現金をもたない我輩には貴重な収入源だった)。

  イギリスのメダル数がずっと日本より多いのが驚愕である。種目にはどうも階級差があって、中流上流のスポーツがイギリス君の強みなのではないか。階級差は、柔道などの階級別とは違う。そうではなく、まさにやる人間の社会的階級を反映したスポーツの上下関係である。ヨットとか乗馬とかフェンシングとか。こういう貴族的な背景をもつスポーツがどうもイギリス君の強みのようである。ちきしょう。

  ど根性スポーツの巣窟である日本では、したがって、イギリスの勝ったスポーツの映像は少なくともライブではほとんど流れないため、イギリスのメダル数をみて驚くことになるのである。ど根性ものでも人間の力の限界をためす式の荘厳なスポーツ、競歩とかトライアスロンとかにはイギリス君をはじめ、フランス君、オランダ君、ドイツ君などが意欲的である。おまけに、今度発見したのは、イタリア君である。イタリア君はずいぶんスポーツに力を入れているというか、強い。現に400メートルリレー男子はイタリア君の勝利だった。これはかなりイタリア君を見くびっていたので、やはり驚いた。

  いまトイレにはイタリア関係本が置いてあって、イタリア君の酷薄さというか、誰も信用しない(家族以外は)のしたたかな文化(これを非道徳的家族主義と呼ぶことは前にも書いていたろう)を学んでいたところであり、イタリア君の躍進にも興味をもった。

  とはいっても結構アフリカ系の人々がヨーロッパ各国では跋扈していた。その意味では黒人の馬力もヨーロッパの強国は借りているのである。しかし意外と白人主体に構成される陸上競技も多い。走り高跳びとか幅跳びとか、砲丸投げとか槍投げとか。この辺は東欧諸国のでっぷりしているか、とても長身かのスラブ系白人がかなり進出しているので、白人率が高くなる。また、スラブ系女性は美人の代名詞なので、新体操とかアーティスティック・スイミングとかで威力を発揮する。体操もそうだ。事実上、水泳が白人主体なのも、浮力が落ちるのか黒人?という長年の疑問を惹起させるのだが、そういうことよりも、やはりスポーツの階級制(階級差)というのがあるだろう。

  ということで、底辺スポーツの根性物語だけでない、もっと努力することで優雅さが増大するようなスポーツの振興を今後ははかっていただきたい。果たしてラクロスはオリンピック種目だったのだろうか。ゴルフすらど根性化するアジア人を押さえて、アメリカ人女性が勝ったことは、ま、残念だが、致し方ない。青木以来、日本のゴルファーは何か飯場の匂いがする。

  ということで、イギリスに勝って、大英帝国の残滓を徹底的に一掃し殲滅することを今後の目標にしていただきたい。元首相森オリンピック総統!

 

完全に忘れていた

f:id:panacho:20210801123920j:plain

(誰かの写真を拝借しました。感謝です)

   すっかり忘れていたので、狼狽している。死んでいたわけではないが、そもそも死んでいて生き返るのはゾンビである。トンビではあってもゾンビではない我が輩は、しかし、このコロナ禍のもと、オリンピックを受動的に家庭内試聴する日課のなかで、すっかりまったく完璧に忘れてしまっていた。

  そうこうしているうち、我が輩の仕事も半期終了となり、今日からその評価の仕事になるのだが、それで久しぶりにパナチョの日記に思い当たったのであった。うーん。こんなものでは?コロナの下の日常は。ぼんやりし注意力を欠き欠き(同じことだが。と書いてから欠き欠きと二重になっていることに気づくのだが、消す元気もなく)、しかも月変わりの日本の最も暑い時期でもあり(よく炎天下でスポーツなるものをやっているなあ)、やる気をなくして、またぼんやりを繰り返すのであった。

  ということで生存していることを示して、また日曜のオリンピックに戻りたい。

  そしていま気づく。今日って1日だったのか。

1000人を超える東京


www.youtube.com

  今日から連休ということになっているが、高等教育現場では今日は仕事日ということになっている。朝、若人がコロナにかかっているかのごとき連絡がきたので、あわててラインで聞いてみると、事態は全然コロナではなく、当局の紛らわしい文面でそう思ってしまったようである。うーん。こんな文章で連絡してくるな。アホなのか。日本中アホなのか。アホ足らんとする国内あげての陰謀というか、顕謀といったほうがよいか、それがあるのだろうか。・・・菅君が指令を「発出」したのかもしれないが、暗黙というか顕黙のメッセージが出ているのか。

  ということで。ヴィヴァ君のオペラ、ポントゥスの女王アルシルダは18000円をこえる。CDだと。だからもっていない。ナイーブ・レーベルでもないから、きっと大したことはないと思っているわけで、演奏が。だからもっていない数少ない彼のオペラなのだが、これで聴ける。東欧の演奏である。たまに旧共産圏発のヴィヴァ君オペラがあるのである。

  傑作ではないが、ヘンデルなんかだと欲求不満に陥る視聴がやはりここではそういうことはない。ヴィヴァ君は出来が違う。

明日から緊急3回目

f:id:panacho:20210424093115j:plain

  明日から第3回目。忘れないため記しておくと、第1回目は4月7日から5月25日まで、第2回目が1月8日から3月21日まで。合計122日。

  言葉遣いの問題からいえば、第二回目以降は非常事態ではないか。この緊急という言葉にひっかかる。緊急が1年をこえて3度もあるという表現の混乱のほうが、もっと深刻のようにすら感じられる。非常事態といってほしい。

  ということでまた全面的にリモートに戻ってしまった。先日数回対面の仕事をしたら、今週はずっと体調が悪かった。ドアを開けるのを忘れて1時間半、話していたからかもしれない。迂闊だった。うかつ。うがつは穿つ。

  ブルブル体を揺らす器具を買って一回10分の単位で体を細らせようと頑張るも、当然、うまくいかず、またまた非情なる非常事態に直面して、ますます身も心も細る思いの日々なのであった。