panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

お金がないから、、、?中村佳穂、、、?


tofubeats covered by 中村佳穂 - NMD

    職場でぼんやりラジオを聴いていたら、こんなフレーズ---つまりお金がないから、という---が繰り返される曲が流れて、グローバル化時代の悲しき日本の現実を思い起こさせて、思わず聴きいってしまった。うーん。

   こんな曲が流行っているとは(流行っているのか)、大人の一人として、愕然とするのであった。

  青春に金がないのはいつの時代も当然だが、そのさきにもないかもしれないという絶望が感じられて、切ない。

仲里依紗をどう読むか

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 昨日で予定の仕事は終わり、あとは他の非正規的な仕事になる。3月まで。

まずは無事に終えた、、、のか。一件、残念なことがあったが、仕方あるまい。

 さてこのハーフのタレント。なかざと依紗と読もうとして、何度かおかしいと思っていたら、これは仲、りいさと読むことにいま気づいた。うーん。

 最近よくあるポキにおける柔軟性の欠如である。こうして常に非柔軟な、要は頑固な人間になっていくのであろうか。

 坪内祐三が亡くなったらしいが、それも知らなかった。あ、チェックしないと。

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 しかも今調べると、東京人という雑誌に書いてたと思う坪内を、頭の中では、夏目房之介(夏目漱石の血縁)という漫画評論家をイメージしていたことに気づいた。この意識の混濁はまことに深刻である。いまの中国を清国と思うほど深刻だということを申告したい。・・・実はこれも非柔軟化の例なのだ。

謹賀新年2020

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 とうとう2020になり、当方には二度目の東京オリンピックの年である。チケットはないので実感も期待もないのだが、心配はある。うまくいくのかではなく、そのあとどうなるのか日本。

 函館は暖冬で、大晦日と元日に雪はよく降ったが、車の運転は良好だった。セカンドに落として運転すれば、アイスバーンでない限り、滑ることはない。と高をくくっているわけではなく、結果として無事生還したということではあるが。

 東京の暖かさはもう忘れた。比べるのが悪い。しかし何しろ暖冬に加えて、今回は防寒準備が完備していたので、全然、問題はなかった。問題はむしろ暑さというか、熱さだった。

 居間と接続する母の寝室でもストーブを切らさず焚いており、戸を少し開けているので居間につねに暖気が流入しつづける結果、たまに廊下か台所の戸を開けないと、苦しいという状態だった。むしろいったん寒い廊下に出て、体を寒気にさらしてせいせいするということが必要だった。結局、苦悩の居間、ひやっとする廊下、そうでもない二階の部屋、そして適度に暖かい電気毛布の寝具という具合で、これが暖冬の、うちにおける正体だった。

 それにしても二年前の厳寒の記憶が強く、備えあれば患いなし、ということわざ通りの対応をしたわけだが、現実には過剰と普通のはざまを生きて、帰京することになった。

 ということで、天国のような関東の冬にも怒りは覚えない。覚えるとすれば、函館でかかった電気代(当然来月実家の口座から落ちるわけだが、ぼけた親は送られてくる通知には必ず目を通して、いったんは落ち込むだろう。すぐ忘れるだろうが)だけである。

さよなら2019

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 書くことがない日々が続いており、とうとう明日は帰省するので、これが2019年最後のブログとなった。とはいえ書くことはない。

 今年は、写真にあるようなつまらない話で政治が沈滞してしまったが、なかによくみると由紀さおりがいる。その横にはデヴィ婦人がいる。なんかうれしい。

 函館ではデヴィ・スカルノ夫人も野球の長嶋も王もきたフレンチのレストランに行くことになっている。遺愛女子高校の横にある店で、親の目を盗んで家族で行くことにしたのである。東京の馬鹿らしい値段では考えられないレベルのフレンチである。

 ということで、他には、寒風吹きすさぶ、サブちゃん(北島三郎である。シャブちゃんではない。それは違法だ)のふるさとで、とくにやることもなく、母(ただし実母。名前はまだない、わけではなく、継母もいない)の相手をして正月を過ごし、そして帰京する予定である。ただしインフラ関係で意外と忙しい。そして何より、寒い。

 東京の、冬のない、冬と称するこの時期を、辺境北海道では、亜熱帯と呼んでいることは皆さんは知らないと思う。亜熱帯というのはあかんたい!と九州人なら言うだろう。亜寒帯と。あかんばい?

 おあとがよろしいようで。お、寺田心君もいるなあ。やすらぎの刻の石坂先生もいらっしゃる。思えば、小学校のころのウルトラQ以来、石坂先生のお世話になったような気がする。その意味でもこの写真はすぐれものではないかと思う。

 

大いなる誤り

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 まことにアホだった。前回、三日月君の出番が多いと書いたが、三日月君は麻生久美子ではないか。三日月君はいいのである。若干年食った感は否めないが。そうではなく、吉岡某(彩雲君)の出番が多すぎると云いたかったわけである。

 家人より指摘を受け、ただちに、日曜朝のいま、正すわけである。あらぬ誤解を与え(って誰に?)、すまんことです。

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  夕方、リフォームした風呂に入っていると「神田川」の南コウセツがコシノジュンコ(別のコシノかもしれない)と友達らしく、ラジオでしゃべっている。神田川系統の曲はまったく好きになれないが、選択肢がないので聴いていると、いつも銭湯で先に出て待たされているのが女性だと気づいた。歌の主体は女ということになっているのだ。

 ということは、男が長湯して、学習能力のない女が外でいつも待っており、せっかくあったまった体も冷えてしまうという歌だ。というのを回顧しているらしいが、どういうことであろうか。男が女より長湯というのは、当時の銭湯にはサウナなどないわけで、とうてい想像しがたい。唯一の理由は、男が長髪だったかもしれないことである。

 ということは、最近離婚した松田聖子の娘の相手方のような長髪だったということであろうか。であれば、長々と洗髪していた可能性がある。当時は、少なくとも函館では、長髪の男が髪の毛を洗うという場合には、最初に申告して余分に金を払うことになっていた。東京もそうだったのだろうか。女風呂は最初から高く設定されていたのだろうが、男は人によっていたわけだ。

 昔の学生はたしかに長髪だった。短髪は保守か右翼か体育会だけなので、それだけで知識人学生を挑発するものがあった。そういう時代を感じさせるが、それにしてもなぜこの女は、いつも待たされる♬♪と回顧しているのか。少しずらして示し合わせて、二人で出てくればいいのに。声を出せば、となりに筒抜けではないか、銭湯は。

 ということで戦闘的気分になってしまう、この歌詞。こういうところが気にならないというのが、はっきりいって、気にいらない。

 うーん。頑固爺となりつつあるのではない。昔からこの歌は嫌いだった。貧乏くさいのは現実だけで十分ではないか。いま拙者は下の届いた主にポルポーラの18世紀前半の豪華な世界に浸りつつ、ものだらけの自室で書いているのである。

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 それにしてもバルトリ(女性)は毎回、変装しているが、今回のはとびきり無口になってしまうなあ。

 

一日を逃す

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 先週、毎月1日には欠かさないといっておきながら、書いていないと指摘を受け、すっかり認知上の困難を抱えつつあることを、この事態によって改めて自覚することになった。忘れてたなあ。

 ということで若干遅れたが、書くことにした。しかしとくに書きたいことはない。

 その間、復活してまことに駄作つづきだった「時効警察」も終わったしまった。ほんとに駄作だった。三日月君の出番はいらなかったし、布施えりとその前に座っている今名前を失念した女優の出番が少なすぎて、がっかりした。小ネタ・オンパレードが面白みだったのに、脚本家は何を考えているのか。そもそもかつての有名人ばかり出てきて、その辺に気を使って作ったせいか、テンポはないし、そもそも無内容だった。

 もともと無内容なのがドラマだが、もっと激しく内容がなかった、陳腐だった、時間を損したといった感情を惹起すること、おびただしかった。せっかく経年劣化は最小限の主人公二人だったのに、残念。「結婚できない男」の阿部寛の、ほんとに結婚できない姿への転落を思うと、断然、オダギリジョーは若かったのになあ。

 ともあれ、当方は著しい認知上の困難だけでなく、全般的に疲れやすくなった。昔研究会でじっと目を閉じている年寄りをみると、深いことを思っているに違いないと考えたが、最近しばしばそうしている自分(に気づいてこれ)を顧みると、ただ目を開けているのは損かもしれないという思い、外界は嫌なことだらけだし、そもそも疲労して目を開けていられないということがその内実なのだった。人により違いはあるだろうが、目はたまにつぶるべきだということでもある。

 まずは任務を遂行した。しばらく目を閉じて、ゲバントハウスカルテットでベト君の弦楽四重奏を聴くことにしよう。

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「侮蔑者の智慧」

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  表題が切れているが(みえているのは副題)、これは西尾幹二の『自由の恐怖』という本の、表題名のエセーである。小さくてわかりにくいなら、買って読んでいただきたい。

 彼は「生にむしろ少し退屈している」と最初の頁で云っているが、ポキはもう少し退屈しているかもしれない。しかしその点が重要なのではなく、自由とか未来とか確信的な革新への意欲などへの懐疑と侮蔑がよく書かれている。

 保守思想はヨーロッパ史のなかではフランス革命のあとで定式化されるもので、順序としては革新(自由主義)のあとである。その意味では言説としての保守もまた、近代的なものである。その意味で近代を丸ごと否定するものではない。ただ、未来や改革をそうやすやすと行えるはずはないというのが基本的前提で、そういう姿勢を一貫することでなにか現状維持的に見えるということになる。でも、いうまでもなく、集団的現象がそんなに簡単に予測できるはずもない。

 社会も国家も制度も人生もある種の集団的現象である。慎重になることが必要だと最近ますます思うようになった。あ、昨日の「時効警察ふたたび」のように、ありきたりな感想を書いてしまった。

コートールドを見ていては死んでいた

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 久しぶりにぽっと時間が空いたので、上野まで行くかと考えた。日曜日。別の予定がなくなったので、急遽。いま上野にはコートールド美術館展のほか、ゴッホハプスブルク家展が来て、3つ巴の様相を呈しており、できれば一日で回りたいところだ。

 しかしきわめて衰えたポキは、昼飯を、下町三ノ輪の天ぷら(吉原大門のところに有名店があるのは有名だと思う)を食べてから、上野に戻って見たらいいさと愚考した。

 これが北海道生まれのいい加減なところで、道民の3人に1人は大泉洋類似品だということは知っているかと思うが、もう1人も適当さにおいて大泉洋とどっこいどっこいな、言ってみれば小泉洋的なるものであることもご承知かと思う。残る3人に1人がポキのような、大泉や小泉に悩まされる人間である。

 と思ってきたわけだが、そういう最後の1人であるポキも大泉的いい加減さでは引けをとらないことを改めて味わった。結局、その狭い老舗の天丼を食べたら、急激に疲労が襲ってきて、そのまま上野に戻って帰ってきたのである。

 なんという日曜日であろうか。本来の目的は別のところにあったのに、それが中止され、第二次的目的のための腹ごしらえ=手段のつもりのただの昼食が、結局、第3次目的となって一日が終わってしまった。

 人気店だということを忘れて、1時間以上も外で待つというのがつらかったのか。そうでもない。食べるのがつらかったのか。そうでもない。ただその他全部が集合して、コートールド展の回避ということになったのである。あれで、コートールドを見ていては、死んでたな。帰りの電車では爆睡だったし。

 今度のコートールドには、セザンヌの、酒場の女が客に対面する形で正面をむき、その斜め横にある鏡で彼女の後ろ姿が映っている有名な絵が来ている。これをポキは中学時代から知っており、絵の先生と角度とか長すぎる腕などの比率を計算していたのである。だからもう何十年も知っている絵なのである。これがコートールドにあることはしかし知らなかった。ロンドン大学に留学していたのに。行けば、見れたんだなあ。忘れてた。

 ともあれ、再び上野に行ける日は来るのだろうか。そしてセザンヌのこの有名な絵に出会えるのだろうか。ま、熱烈に会いたいというわけではないのだが。結局、もう自分のなかにこの絵自体は血となり知となって存在しているわけで。

 なおこの上の本はいつか買うことにしよう。

皇太子から天皇に

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 そういえば日曜日の即位パレードを食い入るように眺めていたのは、それは、一時、ポキの付近でポキが浩宮さま似だということになって、いまでも似ているのかを確認したかったからである。

 そもそもポキの鼻は鉤鼻ではない。ユダヤ人ではないし。しかし皇太子変じて今上天皇の鼻は鷲鼻っぼい。その点は違う。また、髪型も圧倒的に違う。というか、あれば今上天皇独特のもので、ああいう髪型をしている臣民はいま、あまりいないと思う。だからポキも当然違っている。さらには、手の振り方もおそらく、違う。指と指の間をあけて手を振るというあの独特のスタイルは、不敬ではあるが、できればやめてほしい。皇室でああいうお手振り(!)をしているのは今上天皇だけである。加えて、あの善良そうな雰囲気はポキにはまったくない。ポキは鋭角的な、はずである。

 それでは何が似ているのか。シルエットが、残念ながら、似ていたことは否定しがたい。重ねて残念だが、そう云わざるをえまい。

 あとは品格くらいか。

 ということで、今後は民間天皇とポキを呼んでもいいし、うちの家庭を民間皇室と言うことも許すが、それでつかまることはあるまい。ただし呼んだ方は、その品格を疑われることにはなるだろう。

 ということをつらつら考える日々。・・・まさか。いま考えてみた次第。

 グルックの届いた4松組の皇帝ティトの慈悲(メタスタージオの台本)を聴きながら。