panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

憂鬱なのか疲労なのか


  昨日は疲労の極致だった。仕事の他に会議がたてつづけにあり、その結果、カーツ大佐の狂気(地獄の黙示録)に似た感じの課題を負ったからである。アホらしくて笑えるが、さすがに笑える雰囲気ではない。アホにはアホなまねはできない。アホな真似ができるのは相手がアホではない場合のみである。アホは本気で怒るし、そもそもアホに何を云ってもはじまらない。
  さて期待というか(これはまずい)、予期していた北朝鮮の挑戦がなくて、戦争が起きなかった。あそこまでやる気満々のアメリカに対して、北も失礼ではないか。一発何か適当なミサイルをうってみるべきではないか。いずれにしても、戦争でしか解決しない領土問題や拉致問題といったものがある。領土問題は北との間にはないが、拉致被害者を奪回する絶好のチャンスをここで逃すのか。ケインズではないが、人はいつか死んでしまうのに。
  その一方でますます人間が嫌になりつつあるが、続々と国外から前古典派の声楽曲が届く。うれしいというより、生存の最低基本線がこれで維持されるという感じ。代表的なプリマドンナを集めた代表的なオペラ曲集二枚組がチューリヒから届いて、聴くが、きわめて退屈。やはり19世紀的なベルカント・オペラは好きにはなれないし、それを歌っている有名なオペラ歌手たちも好きになれない。名前は誰も知っているし、声で判別できる人もいるが、バロック・オペラにくらべると、旋律も躍動感も何もかも劣ってるのではないかとすら、素人考えで思える。テパルディ(カラスのライバルだった)の全集も買うのはやめてよかった。
  という朝。7時。疲れてすぎて二日続きで4時に目がさめる。目がさめるほどの朝ではないが、フィリップ・ジャルスキー(カンターテナー)のカルダーラを聴きながら。
ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ
  ところでカルダーラはバッハの15歳年長で、ベニスの人だが(だからジャルスキーのCDもベニスのカルダーラという題名)、最後はカール6世に仕えてウィーンで死んだ。カール6世はマリア・テレジアの父である。ウィーン・ハプスブルグの最後の男系。カールの従兄弟がカルロス2世。スペイン・ハプスブルクの最後の王様。これは典型的なハプスブルクの顔である。その意味ではテレジアはその特徴をもっていない。だからマリー・アントワネットハプスブルク的ではないのだなあと何となく思う。カルロスとテレジア。