panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

始末が悪いのは始末に困る


  もっているクラシック音楽が何箱にもなり、箱からもいろいろはみだしてたりしているのだが(職場に)、大切なものなのに何てことなのかと自分でも思っていた。そしたら、いま、この3枚組のCDを発見してしまった。はみだしたもののなかにあった。
  これはずいぶん前に紹介しているはずだが、ポキの前古典派へのすべての道はここから生じているのである。バロックオペラの出発点であり、ヴィヴァルディ再評価にいたる長い細道もその小路なのだ。
  それがこれほどぞんざいに扱われていたとは。アホか。たしかに別のオペラ撰集で、これをもう一組もっていることはいる。そしていま問題にしているのは芸科からのコピーでしかない。しかし原点をわすれちゃ、ダメじゃね?ポキ。
  いま6時近くなって、事務作業も座礁してこの一枚目を聴いているのだが、なんというヤーコプスの指揮の鮮やかさだろうか。ポキの評価では、ヴィヴァ君を抜いて、作品一つをあげるとすれば、このグラウンのバロックオペラがオリンポスのゼウスなのである。オー、イエス高須クリニック!と、愛すべき高須先生もおっしゃるだろう。
  そういえば昨日、篠沢秀夫氏が亡くなった。彼は人としては面白くて軽い扱いをされるだろうが(大多数の人には)、実は大変興味深い本を書く人なのである。ポキはかなり集めた。フランス文学だけでなく、フランス史についてもあっというようなことを学んだ。もともとはブランショという最も高踏的なフランスの評論家の作品の翻訳者として世に出た人である。『至高者』などは、ポキの教養部時代の愛読書だった。わかったようなわかったような、そんな難解な本。彼をテレビでみたときは驚いたが、それは外見にすぎなかったというべきなのである。合掌。合唱を聴きながら。