panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

絶対鈍感


  函館では、ツタヤができたというので行ってみた。行ってこれほどデカイと思っていなかったので、驚愕。驚愕である。
  共学ではない。北海道では普通、共学である。というか間違えようがない。驚愕である。
  代官山スタイルの地方第一号店ということであるが、これほど広大だとグループで行くと喧嘩になる。迷子が出るからである。携帯も必要なときはつながらないし。スターバックスも入っていて、27万円なりの椅子に座って(これは販売のための見本)、本も読める。文具も充実していて、思わずこちらを買ってしまった。
  いたるところ温泉だらけだし(400円前後)、古典的でおしゃれな喫茶店は前にも触れたように一杯あるし、六花亭の販売店の壮大な長方形の窓からみる五稜郭の風景は日本画に等しく、しかも歩ける気温なわけだし(ただし長袖で)、夏の函館は結構なのかもしれない。ま、我輩は同じ日本の異邦人であるとともに、違う日本の異邦人でもあるので、その点は覚めているわけだが。・・・その点とは、しかし、どの点なのか?
  ともあれ、ブログのデザインも変えてみると、書く意欲も減退してきたが(というかもともと旅のブログだったわけで日常的な話を記す場所ではなかった)、ますます減退してきた。しかも一週間後にはカンボジアなのだが、行く気力がかなり減っている。東京もいい季節になったのに、また真夏の東南アジアかと思うと、それだけで疲労を覚える。
  やっていることが中断するのが一番嫌で、中断していた前の思考を取り戻すことが、加齢とともに、むずかしくなっているのである。勿論、加齢であって、華麗ではない。ますます華麗になる我輩を想像してもいいが、今日只今の文脈では、加齢である。
  しかし我輩には武器がある。絶対音感では人は生き辛い。絶対鈍感によって快適に加齢にして華麗な人生は可能になる。近頃では2メートル後のかけ声すら聞こえない、という境地に達しつつあるわけで、うれしいやら、恥ずかしいやらなのであった。・・・あ、もしかして、、、病気?・・・はじめてのアコム
  ツタヤからみると、函館山はこうみえる。かなりはずれの幹線道路沿いにある。