panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

一日を逃す

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 先週、毎月1日には欠かさないといっておきながら、書いていないと指摘を受け、すっかり認知上の困難を抱えつつあることを、この事態によって改めて自覚することになった。忘れてたなあ。

 ということで若干遅れたが、書くことにした。しかしとくに書きたいことはない。

 その間、復活してまことに駄作つづきだった「時効警察」も終わったしまった。ほんとに駄作だった。三日月君の出番はいらなかったし、布施えりとその前に座っている今名前を失念した女優の出番が少なすぎて、がっかりした。小ネタ・オンパレードが面白みだったのに、脚本家は何を考えているのか。そもそもかつての有名人ばかり出てきて、その辺に気を使って作ったせいか、テンポはないし、そもそも無内容だった。

 もともと無内容なのがドラマだが、もっと激しく内容がなかった、陳腐だった、時間を損したといった感情を惹起すること、おびただしかった。せっかく経年劣化は最小限の主人公二人だったのに、残念。「結婚できない男」の阿部寛の、ほんとに結婚できない姿への転落を思うと、断然、オダギリジョーは若かったのになあ。

 ともあれ、当方は著しい認知上の困難だけでなく、全般的に疲れやすくなった。昔研究会でじっと目を閉じている年寄りをみると、深いことを思っているに違いないと考えたが、最近しばしばそうしている自分(に気づいてこれ)を顧みると、ただ目を開けているのは損かもしれないという思い、外界は嫌なことだらけだし、そもそも疲労して目を開けていられないということがその内実なのだった。人により違いはあるだろうが、目はたまにつぶるべきだということでもある。

 まずは任務を遂行した。しばらく目を閉じて、ゲバントハウスカルテットでベト君の弦楽四重奏を聴くことにしよう。

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