panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

頑張る、差別、不公平の無限地獄

 


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https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/tokyo-uni?origin=tub(祝辞全文)

 朝のワイドショーでは上野千鶴子先生の東大入学式(学部)の祝辞についていろいろ各局が話題にしていた。好意的だと思うが、果たして好意的でいいのかとふと思う。

 この東大女子の置かれた立場については、彼女は昔、京大女子の話として短いパンフレット状の本で語っていた。いまアマゾンで検索しても、それがどういう表紙だったか皆目わからない、という老人性野放図状態のポキとしては出典を示すことができない。でもはっきりとこういっていた。

 京大生は京大女子を結婚相手に選ばない。女子は無理して京大にくることはないので、くるような女子は非常に頭がいい。無理してようやく入学した京大男子は自分より知能の高い女子を恐れて、京大女子を結婚相手に選ばない。

 ほかにもいろいろ云っていて、そのときは目が醒めるような快感を覚えたが、そのとき上野は京都のどこかの短大か京都のはじっこの私大の教師だったのだが、場所が東京になって、京大が東大になり、そこだけが変化したわけだが、状況はあまり変わっていない(という認識の)ようである。しかし問題は、十年一日のごとく、差別の撤廃(と彼女が思っていること)だけを無限に追い求めていれば、何か社会学的な点数がもらえるのかということである。

 差別をいうことは実はとても簡単だし、性差別は一番いい標的だと思うが、ではデブ差別やチビ差別、訛り(田舎者)差別とかはどうなのか。差別はいろいろあるし、言葉にしにくい分だけ苦しい差別というのがある。黒人差別なんかは一番簡単な反抗の表明だが、女性差別も結構簡単というか安易にいえる差別である。言葉にしにくい、したくない差別のことをポキはある本にちなんで昔から「ぬるい地獄」と呼んでいる。人種や性のような灼熱差別には反対同調者もたくさんいて、公然と表明できるが、ぬるい地獄なんかはどうであろうか。たしかその本では痔もちの苦しみもぬるい地獄のひとつだった。地獄と差別ではどっちが本人にとって真の大きな問題なのだろうか。

 ぬるい差別は連帯しにくい。連帯しやすい差別だけとりあげるのはたやすい。デブではないが、面接では落とされるかもしれないと思っているぽっちゃり体型の連合組織は寡聞にしてきかないが、本人たちは意外と苦しんでいるかもしれない。女子だから黒人だからというのは実にさっぱりしていて、どこでもかしこでも云える。でもそれだけに差別の焦点をあわせるだけでいいのか。

 そもそも日本はアメリカより女性差別は少ないのではないか、ということがミートゥー運動の発覚でようやく日本人にもわかってきたのではないか。だからこそのアメリカのフェミニズムだったわけで、それほど日本女子がいたるところで差別されているのだろうか。

 フェミは上野同様サヨクだが、なら家庭の財布をどうして主婦がもっているのか。そういう家庭は多い。対して少額の金も渡さないフェミなアメリカ家庭とくらべて、上野は(もし主婦だったとして)どっちを選ぶのか。もしマルクス主義の教義に忠実なら、経済を握るものが支配者なのだから、家庭では主婦である日本女子が支配者なのではないか。

 別段議論したいわけではないので、やめるが(そもそも明日の準備のために職場にやってきたわけで時間が惜しい)、頑張れば報われるなどというアホみたいな期待を前提にして、それがかなわないあなたがた東大女子は不幸だといわんばかりの議論はそもそも学問の府の者の発言とは思われない。それとも実は一回周回して、東大女子を顕彰しようというたくらみの下で祝辞を述べたのだろうか。

 これではもっと頑張れ、頑張って差別を乗り越えれば、明るい公正な未来が待っていると煽っているようなものではないか。そんなアホ以下の展望を繰返し凡庸に述べてきたからこそ、サヨク社会学者もダメになったのである。

 今回はつくづく、上野の凡庸さに頭が下がるのであった。そして正直に云えば、彼女の富山訛りには我慢ならない。彼女の研究室でこんな訛りを一日中聞くかと思うと、ポキは彼女の研究室を選ばない。初めて聞いたときはびっくりしたのである。上野の訛り。そしてとうとう最後までこの訛り方には耐えられないものがあると感じた。京都で彼女が彼女の思っているようなポストにつけなかったとしたら、それは女性差別なのではなくて、京都弁どころか標準語も操れないどこか北陸の田舎もんとは一緒に仕事したくないと、狭い京都の社会学者サークルのなかで思われていたのかもしれない。田舎もん差別もよくないが、それを女性差別に転化(転嫁)していくということであったのではないかという邪推をいま、した。すまんこって。

 なお次の女性経営コンサルによる上野批判がある。あ、最初の方に掲載された。相変わらずよくわからんね、ブログの書き方。というか、こんなことを書いて時間を無駄にした。あー、あせる。さっさと済ませて、一刻も早く帰宅したいもんで。

http://agora-web.jp/archives/2038401-2.html