panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

タメルラーノとは、ティムールのことだったのか

(ティムール)
  お盆を控えた日曜の朝。世の中に車は走っていない。見渡す限りだが。6階から。静謐なルネサンスの絵を見ているような感じだ。
  ポキはタメルラーノの3枚目を聴いているが、このタメルラーノ、実はペルシア語から来ており、ティムールのことだった。ティムール帝国のティムール。14世紀のモンゴル人。中央アジアから西側を支配したが、このときオスマン帝国の皇帝がバヤゼットなのである。
  バヤゼットもヨーロッパ世界ではよく知られた人物で、このヘンデルのオペラでも隠れた主人公はバヤゼットだ。負けたバヤゼットの苦悩が後半のテーマだからだが、ヴィヴァ君にはバヤゼットというオペラがある。これはそのものズバリ、バヤゼットが主人公として据えられている。ヴィヴィカ・ジュノーが歌っている映像がビオンディの指揮で安く入手できる。
  ヘンデルはバヤゼットの悲劇に心を強く動かされたものと思われるが、彼、39歳時の作品である。若いころのヘンデルにはいい作品がある。パルテノーペもかなりいいと思う。いま聴いてるミナーシ(ミナージかもしれない)指揮のパルテノーペも感動的だ。
  器楽のヴィヴァ君だけでなく、ヘンデルのオペラも今一度、演奏形態を再検討すべきなんだろう。基本は、もうこれで死ぬかと思われるような徹底的な一球入魂ではないか。腕もちぎれよ的甲子園野球のテンポと熱量とセンスで演奏してもらえば、かなり聴けるものになるように感じる。
  少しずつ、音楽の母への評価は高まっているのだが、従来は学究兼演奏家アラン・カーティスなどがヘンデルのオペラの再興に力があり、その演奏が出回っていて、それで最初にヘンデルに接することが多かったという印象だが、やはり学究には限界がある。おとなしいバロックオペラなんか、犬に食われたほうがいいのだ。ま、ネコでもコウモリでもいいが。
  イタリア系の演奏家が出てきて、様相は一変した。100歳まで生きてきて、誠にありがたい思いをしている。古楽器演奏不毛とされたイタリアに、うじゃうじゃビオンディはじめ古楽合奏団ができて活躍しだすのはごく最近、21世紀に入ってからのことなのである。これを目撃して、そして聴いて死ねる、という喜びを、改めてかみしめるお盆前日なのである。合掌。なみあみだぶつ。アーメン。アラーは偉大なり。