panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

壮絶、凄絶@断絶


  信夫清三郎は1909年生まれの政治史の研究家だった。最後は名大法学部の先生だったが、前半生は市井の学者だった。シンガポールをつくったラッフルズ伝を書いていることを知って、この本をついでに借りた。
  名前は知られていると思うが、なんといってももう何年も前に亡くなった人だし、関心はないのだが、いやあ家庭史がすごい。漢学者の祖父のもとを父は家出し、その外交官となった父のもとを4兄弟が次々家出する。信夫は学習院出だが九大に進む。それも一種の家出だったらしい。
  母が困窮の末亡くなると、すぐ後妻がやってきて、次々家出するのだが、後妻のせいというより父が問題だったようである。
  ただこれだけなら、程度は低い。問題は家出した4兄弟中、下の二人は自殺している。
  父の問題ということもあるが、一番最初に思うのは、人生の始まりに母親を亡くすと(母親がいれば家出くらいですんだのではないか)、なかなかというかとても辛いものがあるということなんだろうかということである。・・・なんだろうなあ。、、、
  うちの、ペンネームで60年以上生きてきた母親(ただし実母。養母も継母もいない)、しまいに我輩の名前さえきちんと把握していなかったこの母親(一字がふではなく、ぶなのだが。外注するからだよ、名前を)も我輩の生存の大きな所以をなしているわけである。うーん。