panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

12月に入ったが、張り合いはない。つっぱりもない。そもそも相撲をとってるわけじゃない。

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  あっという間に最後の月だ。1日だということを思い出し、書きだしたが、もうほぼ一か月書いていない。やる気が出ないというより、書くことはないということなのである。フレイル(虚脱状態)というわけではないが、年齢的に自粛しなければいつ何時あの世に行ってしまう可能性もあるので、一人自粛自室自失といった状態なのである。

  11月1日にあげたケフェレックの写真の後年版が今日の写真。この間、ルガーノ音楽祭(もう終わってしまった)の長年の演奏を集めたアルゲリッチの22枚組も買ったし、その他の、昔はまったく手の出なかった高価な演奏?(高貴な演奏ではない)も集成されてきわめて安価になり、ホイホイ買っているのだが、だからといって生活の充実感はあまりない。

  人生には「張り合い」が必要だとつくづく感じるが、それは競争ではない。この間、60年前のドイツの経済学者エドゥアルト・ハイマンの本を初めてとして経済の本を読んでいるが、ハイマンがいうには無限獲得衝動としての経済主義体制の下にいる我々近代人は競争から逃れられないが、生存経済の水準をとうに超えたのだから、この経済主義体制も終わるべきだということなのに、ふふ、確実にそれから60年はたっているのである。いかんともしがたい。

  張り合いついでに、一回だけ帰省の帰りにゴートゥー・トラベルを利用して、盛岡で新幹線を降り、友人と待ち合わせて紅葉の花巻温泉に一泊してきた。実に高揚する紅葉であったが、いやに町が綺麗なのにふと疑問を持った瞬間、小沢一郎のポスターを車中から発見して、有力政治家がいれば、こうなるのかと理解できた。

  ということで、いったんはコロナの危機に面する可能性もあったが(岩手はわれわれが滞在していた時点でクラスターが発覚した)、無事に乗り越え、張り合いはないが、自己忖度しつつ、暮らしているのである。

  年末は一人でまた帰省することになるが、北海道は大変な状態なのに、札幌からきっと大量の帰省者が函館に来ているだろう。空恐ろしいことこの上なく、、、。という我輩自身が東京圏からの帰省だというのが、情けない。