panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

偶像愛好の終わり


  昨日今日と決して寒くないのがうれしい。また風邪気味なのか、兆候があって、ルル三錠と葛根湯でしのいでいる。免疫力が落ちているのかもしれない。実際、86歳のアコンカグア登頂は失敗した。三浦雄一郎君の。当方は公称103歳だから、当然、富士山さえ登るのが危うい。そういう状況であるからして、風邪およびインフルの魔の手はいつやってきてもおかしくない。
  机の周りに一定のフィギュアがあるのだが、父(ただし実父。養父はいない)が大学生時代にかってくれた、ちゃぐちゃぐうまっこから始まって、函館のトラピスト修道院の画像やらアイヌの神?コロポックル、小さな西洋帆船など、お土産だのフィギュアなどが山とあるのである。それが本棚にぽつんぽつんと置いてあるのが昔は好きだったが、いまではそれでは本を取り出すのが不便で困っているのである。
  のみならず、もうそうした偶像一般に関心が減じた。アクション大魔王だのタツノコプロのさまざまな人形、怪獣も売れるくらいある。そうしたものを配した机周りに飽きたということである。
  整理するまでにはいたっていないが、いたって消極的になった己を顧みて、なぜかSFの名作、幼年期の終わりというタイトルを思い出した。偶像崇拝の終わりはなるほど幼年期の終わりなのである。
  しかしそれにしても103歳だから、ながーい幼年期だった。青年期も壮年期もなく、幼年期のおしまいが幽玄な老境の始まりとなるとは、夢にも思っていなかったあ。
  という月曜の夕暮れ。---写真は決してポキの偶像ではない。崇拝もしていない。それよも学校戻って勉強しなさいとか思っているのである。彼らには。