panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

1965年の日英−−−30日に3話が一挙に放映されるので必見である!


  我輩がアジアを彷徨(さまよ)っている8月の終わり、だからミャンマーにいるときに、BS191で『新米刑事モース』第1,2話が放映された。ようやく今週見る決意がついて、見た (録画は、珍しく、家人1による。実はそういう番組があることを我輩自身は知らなかったのでありがたい。制作は2011年)。
  舞台はカーシャル・ニュータウン警察からオックスフォードへ臨時にいくモース。時代は1965年。後年の警部モースがまだ警官でいくかどうか迷う若い刑事のモースである。
  ともあれ、いいたいことは山ほどあるが、ドラマはイギリスである。日本でリーガルハイハイだの二倍返し超現実主義ドラマだのその他その他の屑ドラマばかりつくるのは、どう考えてもテレビに人材がいないからである。人材リクルートも馴れ合い=コネで唾棄すべきものであるし、バカ以外にテレビ局を受けるという大学生をみることは、もはやない。もう人材のレベルで期待のしようがないのである。だからもうその点はいいですたい、、、。
  今回1965年が強調されていたので、知らないわけでもない二つの国の1965年を何となく比較してみた。書き出すとまた長くなるから、適当に、、、、。
  1965年にこれだけの車は日本にはなかった。警官がジャガーにのっているわけで。モースは上司のジャガーを踏襲しているわけである。バスもずいぶん、、、夕食なのでまたあとで。
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  ただいま夜11時。夕食が長引いたわけではない。7時半から3時間つづく夕食って何?社交ではないのであるから。家族とは。100歳の母を看取ったNHK元職員の実話をテレビでみていたわけである。この人は昔よくテレビに出ていた。だから興味深く見た。介護というか人の死期というのがかくも壮絶かつ悲壮なものであるのは、今日的現象なのか。
  さてそういうわけであるが、ステレオ再生機器は日本の方が上だと思った。我輩は1968年からクラシックを聴きだした。決意をもって。4月1日から。はっきりそう決心したので覚えている。好きだったのか、義務だと思ったのか。義務だとしたら神なき身空(みそら)のうら若き庶民にとっては、どういう決意だったのか。
  それはどうでもよくて、1965年の辺境北海道と知のメッカ・オックスフォードをくらべるなどもっての外だが(ま、そうは実は思ってはいないのだが)、やはり平均的なインフラはイギリスが上だったろう。・・・しかし何か物寂しいというか、根本的にイギリス本国だけでは人間は幸せになれないという雰囲気が、全編を通じて、伝わってくる。
  何といっても階級的差別や偏見が、こういうドラマの隠れもしないテーマであって、新米モースにおいてもその通りである。オックスフォードの教員がまた実に憎々しい階級主義者であって、大体がイギリスの番組は階級批判が基調なのでもあって、これがやはり当時の貧しいが平等にむけてはっきり進んでいた日本とは違う。個々の物理的自然的環境は劣っていても、その前進の姿勢がやはり両国の生活全般の背景事情の明暗を分けている、というように思った。
  ま、印象だが。しかし全く日本だと話にならないいろんな話が続くのに、リアリティがあるのはイギリス社会が相当に病んでいたということなのであろう。カーディーラーがこんなに力をもつのは日本ではおかしい(どんなに裏で工作していても)。閣外大臣がこんなに軽率な行動をし、大学教授がこれほど傲慢で浅薄だというのもありえない。
  やはりこうしてもみると、ドラマはイギリス、現実は日本が素敵!というべきなんだろうなあ。・・・昼間、カール・リヒターのDVDも見ていたのだが、どうして昔はおしなべて欧米を崇拝にも似た感情で眺めていたのであろうか。バカみたいであった。我輩も日本人全体も。ふふふふふふ。寒くて侘しくて孤独なイギリスを思うと(ロンドンは除いて)、いまや哀れみの感情しかないのだが。
  まずは終わり。