panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

ミニマリスト・ローホーと日本映画史最大の女優高峰秀子が似ている説

f:id:panacho:20190706205521j:plain


f:id:panacho:20190706203750j:plain

 養女となった斉藤明美の書いた『高峰秀子の流儀』という昔の本があって、パラパラと読むのだが、なぜかというと、誰が考えてもきっと日本映画史上最大の女優の出生地が函館だからだ。

 母方のじいさんなら、高峰のじいさんのやっていた蕎麦屋料亭(?)には行ったことがあったに違いない。映画館もやっていたというのだが、昭和はじめの函館大火ですべて焼失したらしい。焼け出された家族10人近くを背負って、子役高峰秀子は苦労をするのであるが、それは有名な話ではないかと思う。子役時代だけでなく、彼女はずっと苦労するのだが、寄生するこの連中が湯水のように大女優の金を使うさまは、同じ道産子としてまったく愉快ではない。

 それにしても高峰秀子はまったく教育を受けていないのに、たくさんの著作を残し、かつ凛とした生き方が養女斉藤に記録されて、映画のなかだけでなく、永遠の命を与えられたことは慶賀としたい。

 むしろ教育の機会がありあまっていると勉強したいとは思わない、という逆説があるのかもしれない。高峰は小学校に1か月しか通わなかった人間なのだが、大学まできてまともな文章一つ綴れない人間もたくさんいるのだがなあ、昨今は。

 ともあれ、最近、家に増えているフランスのエッセイスト?ドミニック・ローホーと、高峰秀子はとても似ていることに、文章は綴れるが大学院まで出ているポキは、否が応でも気づくのである。ローホーの生き方の指針は京都人のそれである。

 先週の京都旅行は、そういう事情で行ってみたいとようやく思い、重い腰をあげたのである。重い腰ではあるが、腰は低くないポキは、当然、足は長い。論理的にそうなる。と脱線してどうなる?

 京都と函館が結びついたので、長年、嫌だった京都・関西旅行に出たのである。秋には奈良にも長い足を延ばす予定である。