panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

アンダマン諸島は日本軍が占領したのかあ


  アメリカの27歳の宣教師が島の一つに上陸して矢でうたれてなくなったという記事を読んで、アンダマン諸島を調べた(写真は殺した原住民たち。このうちの誰かが殺したわけではない)。よく話題にするがよくは知らなかったのである。これを、戦争中、イギリスから奪って占領していたことを知った。うーん。恐るべし、日本軍。何たる能率の悪さ。こんなところまで。
  アンダマン諸島ミャンマーの下(南)にある諸島で、今後開発されれば世界最高のリゾートとなると云われている(一部に)ところである。こんなところまで日本軍がきていたことで、行く先々で戦争と遭遇するということを味わう。といってもアンダマン海につかったことはない。
  いずれにしても行くなという禁止令が出ているのに上陸したこの若人はかわいそうだが、自業自得というしかない。同情の余地はないし、殉教したことは本望かもしれない。天国が待っている。
  ということで今日は我々のような仕事の人間には仕事日である。ポキも職場にきている。
  そして昨日からつづけてハッセを聴いている。サバドゥスにはカルダーラのCDもあるのだが、いつか買おう。天上的な音楽に天上的な声。
  朝、クイーンの映画がヒットしていて、モーニングショーでその映像を流していたのをみた。ポキが大学生のころ人気が出て、あたかもロックのように皆は云ってたが、やはり演歌である。薄化粧する先駆的な気持ち悪いグループ(歌舞伎の伝統のある日本人には受ける)による演歌調英語歌詞のグループサウンズなんだということを改めて強く思った。クイーンごときに欧米をみているつもりの皆さん、それは違いますよ。北島三郎と同じですよ。そもそもロックは日本では演歌と同じ社会的機能を果たしたのではないか。二つの社会の違いを反映して違うようにみえるだけで。
  しかし演歌も東京で作曲され東京で録音され東京から売られた。その意味では都会の音楽だが、歌っていた人びとは北島やら新川二郎やらいかにも田舎臭い歌手たちで、だから田舎の時代だった日本では受けた。今から思うと、不思議というか、義憤にかられる。大衆文化といいながらあくまで発信地は東た京であり、おきどり連中がつくっていたのである。そう思うと、やはりロックはイギリスなんの地方グループが発信したりする場合が多く、日本のような疑似大衆文化とは違うというように思える。・・・でもロックは精神を荒廃させる。嫌いである。
  と思いながら、ギャラント様式で音楽が簡素化される以前の、18世紀前半のヨーロッパ音楽の艶やかさに陶然となる午後である。晴天。日曜日は高崎である。山はつかない。山がつけば、長いことポキは誤解していたが、それは大分県である。