panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

怠隠


  ようやく疲れがとれ始める。月曜日に仕事をするのは今年で最後にしよう。月曜日は休日。今後はこれで生きることにしたい。
  家人3の誕生日でない誕生日祝いの計画を煮詰める。到底外食でスキヤキを食べるほど驕慢ではないので(家人3の希望は浅草今半で昼のスキヤキなのだが、ふふふ、我輩のボーナスは証券会社じゃあるまいし500万には全然達しない。いうまでもなく1千万にはロジカルにさらに達しない)、というわけで、淡路町駅から白泉社を見ながら、パタリロの話をしつつ、新装なった神田やぶそばにまず行く。そこでまずは、ぜひとも、簡単に、ささっと、短時間で、経済的に、あくまで上品に済ませたい。その後、当然ながら、近所のしるこ竹むらで伝統的デザートをとる。いうまでもなく夏目漱石の話をしながら食べる。
  次いで行くところがないので、神田明神まで歩く。その間、湯島聖堂だのニコライ堂だのを見物する。腹ごなしを十分終えて、もどって神保町の書泉グランデ裏のどっちかの喫茶店に入る。二つあるが、どっちかといえば、ウィンナ珈琲を日本で最初にだしたほうに行って、解散。・・・解散しても皆同じところに戻るわけだが。我輩以外は。我輩はきっと中古CDの店に行くだろうけど。
  ということで午前中はそれを考えて、疲労は倍加した。でも懐(ふところ)はあまり痛まない。・・・いやいや、どういたまして。
  写真はザ・シックスティーンロ短調ミサ曲(バッハ)。この名曲はどうしても完全に満足のいく演奏がむずかしい。リヒターでもどうかと思うところがある。傑作なのだが、やはり寄せ集めの曲なので、一貫した形で演奏するのはむずかしい?いつもはもっと古い作品がお得意のザ・シックスティーン。でもこのバッハはかなりいいと思った。ザ・シックスティーンの十八番は16世紀あたりなのだ。たとえば、、、

  怠隠は我輩の今日の造語。怠惰な隠逸といった6月16日的風情。実母(養母はいなかった)の誕生日。