panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

休むしかない


  今日も半分仕事の日になったが、休ませてもらうことになった。ボランティア精神はあるのだが、目がトロンとなってしまう。審査員はもっとはっきり目のあいた人でないと。
  ということで一転して秋晴れの自宅で、静養中である。アシュケナージのバッハの届いたのを先週から聴いているのだが、うーん、平均律ほどのよさはない。パルティータでもそうだったが、指の押さえが弱いような気がする。メリハリがもう少しあってもいいのでは。やはり寄る年波には勝てないのか。どうしてこうも老年になってバッハを弾くことになったのか。
  イメージの問題だろうか。ずっとバッハは個人的には弾いていたようなのだが。
  ものごとにはものごとに応じてはじめる時期があるということなのだろうか。それともたんに、バッハがアシュケナージ向きではないのか。
  ということより、何か疲れたなあ。サラリーマンってよくやるなあ。つくづく20代に寸暇を惜しんで本を読んでおいてよかったと思わないでもない。もともとサラリーマン学部でサラリーマンになって新橋で上司の愚痴をいうというのが、高校時代の我輩の、テレビドラマを見ながら空想した人生だったのだから。・・・まったくもってアホだった。