panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

流儀本

f:id:panacho:20190708213221j:plain

 何とかの流儀という本が偶然家に複数あって、目についた。流儀で検索をかければいっぱい出てくるだろう。流儀へのあこがれというのがあるのかもしれない。

 高峰秀子については前に触れたが、小林秀雄、といっても知らない人も出ているだろう。高峰が戦後最大の女優なら、小林は戦後最大の文芸評論家である。ただし何を書いているのか昔からしばしば不明。この前亡くなった早稲田の文芸評論家と同じだが、その伝統を作った人で、その伝統とは、曖昧に書く、そもそも曖昧にしか思考できないという伝統か、と白洲次郎という大物二人の直系の孫(白洲姓)の書いた流儀本もある。

 清廉とか凛とするとか清貧とかきっぱりしているとか超俗とか、ま、いろいろ浮世の習いから身を遠ざけたいという日本人の古代!からの願望を今日的に、あるいは今日でも、追求したいという浮世の人々に訴えかけるものなのであるが、実践している身には浮世は雨期程度だし、せいれんといえばセイレン(ギリシアの女神?)程度の言葉にしか感じられないわけである。ふふふ。アホなことを書いたが、哄笑していただきたい。猪俣公章ではない。って誰って思っている人はまだましで、やはり人名である。