panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

宮殿めぐり


景福宮の守り神。普通はかわいいのだが。珍しい) 
  宮殿と廟をその後めぐった。景福宮がこの日、翌日午前中が宋廟と昌徳宮。
  歩いてインサドンからサムチョンドンに出たわけだが、そこから景福宮キョンボックン)に横入りする。ここは2度目だが、反対側から今回は歩く。緑が豊かな時分はどうなっているのであろうか。広大な敷地、豪壮な建造物。・・・一体に韓国は大きいものが好きそうである。やはり中華帝国の影響か。この広いとは言えない都市のなかに点在する歴史遺産空間は、見るものすべてが壮大、壮麗、そうですかい?、である。貧弱な日本の権力的建築物とはちょっと比較にならない。大韓帝国、小中華の面目躍如。



景福宮
  翌日の宋廟も14世紀の建物としては世界1と云っていた。横に長ーい、歴代皇帝の位牌を安置する建物である。観光としては見ものだが、庶民はかなり辛い生活だったのではなかろうか。そんなことを感じさせるほど、皇帝との格差を見せつける。行事や象徴によって権力を支える、あるいは、それらこそまさに権力の「実体」だ(権力の背後にはただの弱い人間がいるにすぎない)という渡辺浩『東アジアの王権と思想』(東大出版会)を思い出す。・・・ちなみにこの本は東大教授のものとしては凡庸ではないかと思う。実はあまりぱっとしない学者だったのではなかろうか。ってよくいうなあ。


(宋廟とその美人案内人。松居一代にやや似ているのが玉にキズ)


(昌徳宮)