panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

雨が降らないようだが


  雨は降っていない。母(ただし実母。養母はいない)が送ってきた8束のネギは、先日の台風のために引っこ抜いたものだといっていた。電話で知ったが、自宅玄関の前にあるやや高い木が二本とも折れた。それは身代わりというものではないかと云って慰めるが、我輩はだから木はもっと大きいほうがいいと云ってきたのだが。しかし父は大きい木は嫌いだった。30代から盆栽にこっていたからなあ。・・・でも盆栽はいまは地面に植え替えされ、ぼーぼー状態だ。ぼーぼーは適当に想像力で補っていただきたい。
  さて一週間たつと、今度は香港研修である。仕事とはいえ、気が重い。あまり旅空にいるのを好まない我輩としては一夏三度の旅はきつい。本もゆっくり読めない。うーん。
  だからもうそろそろ伊勢志摩もやめたいが、写真は伊勢志摩スカイラインで鳥羽にいく途中、山頂付近の朝熊山金剛証寺(証の字はもっと別の字)。これは見どころが多かった。密教系の寺院であろうが、山の上の静謐なたたずまいがすがすがしい。

  伊勢志摩のCMでも出てくるが、横山展望台からの一望。ちょうど中央に志摩観光ホテルがみえるが、その延長線上に我々のホテルがあるはずである。ホテルからみた景色のちょうど反対がこれである。横山展望台より、でも、おそらく我々のホテルからの眺望のほうがずっとよかったように思える。

  東北と対照的に、伊勢志摩は日本の中心に近いわけで、閉ざされ感は弱い。閉ざされどころか、開けた、明るい、穏やかな、古い歴史のある地方である。多島海の知的な刺激もあって、これは日本の明るい面を代表しているようにみえる。対して、閉じて、暗く、歴史の浅い地方からやってきたジョン・ル・カレ(小説家)的な世界の我輩。もう一つの日本を確認する旅だった。写真は鳥羽から伊勢にかけてのパールロードの途中でみた東側の風景。こういう風景がいっぱいある。北海道の海は灰色で空は曇っている。大体が。こういう肯定的な風土で育てば、人心もにぎにぎしく(和和しく)なるのか。荒々しく傲慢で社交性のない我輩としては考えたりするわけで、、、。北の国からの純のセリフで、考えたりするわけで、、、。