panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

大いなる忘却


  昨日は12月1日だった。それを忘れるほど、我輩はいまかかりっきりのことがあるのであった。弁解か。弁解の泣きどころ。といっても通じない人には、弁慶の泣きどころという言葉があって、、、と説明するほど暇ではない。暇ではないし、暇でないと疲労している我輩であるからして、暇でない=疲労の二重の重荷によって1日に書くという使命を忘れていたのであった。ふふふふふふふふふふ、布団乾燥機。
  今日は天気もよく、温かかった。しかし一人、うんざりするほど攻撃的な生産的産物を読むことについやした。くくくくくくくくくくくくくくくく、腐っても鯛、、、なのか。ただの腐ったタイなのではないか。
  タイといえば、皇太子妃一族の汚職が発覚して、国王の与えた姓を撤回したというニュースがあった。姓を与えるなんて平安時代か。皇太子はご存じワチラロンコン。もう62歳なのか。タイではとても有名である。皇太子だし。まさに腐ったタイの所以の一端をになう人物でもある。左側でたっている人物。
  彼を知らないタイ人はいない。わちは知らんこん、などとは云えないのである。