panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

大島倉千代子について書くのを忘れていた、、、


  忘れていたってどうてことないわけだが、我輩が書くことなんて。
  でもやはり昭和30年ごろの敗戦後の貧困と島倉千代子先生は重なる。声の質そのものがその頃の心細い日本人の心象風景を彷彿とさせる。出稼ぎとか集団就職とか近所の貧しい家庭の娘は何だか島倉千代子似だとか、生まれたばかりの我輩には(?!)いろいろ思い出がある。
  笑うと細まる目が堺雅人に似ているが、その細まる目が象徴するのはポストモダンの行き詰まりではなく、圧倒的に貧しかった日本である。敗戦後10年、20年の日本は映像で確認できるが、見るたびに哀切の感情が引き出されて、長く見ていられない。どうもまわりの人々は忘れてしまったようだが、我輩はその頃の日本のとぼとぼしさ?を忘れることができない。・・・
  ま、庶民というのはすぐ忘れるようで、実家の母も今回、自分は生涯お金に困ったことはないと豪語するのだが、それって、、、。我輩は子供時分、目玉焼きを細々食べると母に叱られていたが、それは貧しいとはいわないが、大変裕福とはいえない事情の子供なりの斟酌だったと後年、ずっと思ってきたのであるから。うーん。貧乏くさい話ですまんこって。
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  なお明日は、BSで録っておいたバート・ランカスターの映画特集を見る予定である。高校時代ロマン座というところでみてその後再放送のなかったように思う『ビッグ・トレイル』もある。さっき冒頭の歌だけ聴いてきたが、このきっとずっこけた大作は我輩のもっとも印象的な映画の一つなのである。・・・しかしよく高校生と一緒に、多忙だった父が映画をつきあってくれたもんだ。『アンドロメダ・・・』も『華麗なる週末』も『大脱走』もその他その他一緒に見たのであったが。