panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

ぼたもち、一個に減る。

  ストラヴィンスキーのプルチネルラは、彼が古典回帰した代表作で、ペルゴレージの作品を現代化したものとして有名である。NHK・FMのクラシック番組のテーマ曲でもあったから、知ってる人は多いだろう。http://www.youtube.com/watch?v=X4KYuhfag5I&list=PLCDE1347A748F1A80
  しかし26歳でなくなったスター、ペルゴレージの作品ではなく、別の人の作曲であることも今では比較的知られている(ストラヴィンスキーペルゴレージだと思っていた)。しかし原曲を聴いたことは、我輩はなかった。
  今日とうとうどこか外国から到着したのがその原曲。外国に注文した覚えはないのだが、届いたのはアメリカからだった。しかも中古のはずなのに、新品だった。まずいことをしたのだろうか。ともあれ、作曲家はドメニコ・ガッロGalloというイタリアの18世紀の人で、あまり知られていない。でもこのCDは演奏もいいし、録音もいい。
  そして何よりも、ストラヴィンスキーの編曲がまったく原曲そのものだということである。むしろ原曲の方がうまいように思える。というか、大変な名盤である。写真を掲載できなくて残念だが、一瞬にして心が空高く舞うような高揚感。
  一方、居間のテーブルの上にあるぼたもちは今日一個に減ったが、それは我輩が仕方なく食べたせいである。まだ、一個残っている。明日になったら腐っているかもしれない。
  プルチネルラに免じて、許してやってもいいが、くくくくくやしい。
  なお、原曲はバイオリン2丁、チェロ1丁、ハープシコード1台である。18世紀前半というのはヨーロッパ音楽の頂点だった。ドイツにはバッハがいて、イタリアは一群のカストラート・オペラの作曲家たちがいた。ベト君(人名。ドイツ人。東南おおアジアの国の人の意味ではない)がいないほうが、ヨーロッパ音楽は死期を延ばせたのではないかとすら思う。
  それにしても、彼岸は明日までである。ぼたもちはどうなるのかと思うと、プルチネルラなんかどうでもいいか。ん、プルチネルラがあるのだから、ぼたもちはどうでもいい、、、か。