panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

アジアを久しぶりに感じる東京北部


  風邪気味だが、山手線の北のあたりの古い東京を必要があって車で歩いた(?)。ただし助手席だから気楽だ。我輩は目黒通り以外は、基本、東京はドライブしないことにしているので。・・・さてその間に電車にも乗っているので、積ん読状態にあった下川裕治の本をコートに入れて、とうとう最初から読んでみることにした。最近は感情的バリアが高かったのである。ホワイ?そして台湾の章(第3章)まで読んで、もっと面白い彼の本はあるのだが、久方ぶりの下川に深く頭を垂れるものである。
  下川は、そもそも、最初に我輩をタイに興味をもたせてくれたライターである。つまりタイは実際の自分の旅行そのものからではなく(最初のタイ旅行は暑くてもう二度と来ないだろうとはっきり思ったのである)、彼の目を通した姿によって我輩に浸潤してきたのである。彼は我輩のアジアの参考書だった。
  でも写真をみると、若いころと違って、下君は、もうよぼよぼだ。この本も苦しいまでの鈍行列車の旅(もうアジアですら、鈍行が走る路線は限られている。バスとLCCに負けたのである)なので、人一倍の老化を来しているのではないか。・・・アジアは苦しい。
  我輩も2010年、半年いて、マルローだの西行だのと思って灼熱地獄と湿潤地獄をよく歩いた結果、日本帰国時は老人と化したといわれたのである(家人曰く)。その結果、ま、見た目はいまや年相応となったが、よく考えると、下君は我輩と学年は一個しか違わない。浪人なら同級生だ。そして彼は確か慶應の一浪だった。うーん、その意味でも、彼の写真は、じっくり見ざるを得ない。というか何枚も下君の写真が出てくるのである。この本には。だから繰返し彼の老いを実感し、それでもまだアジアを歩く、というかこの本ではただひたすら鈍行の固いイスに座ってひたすら暑さにまいって寝入るというだけなのだが、そういう彼の雄姿に、つまりは裕治の勇姿に敬服する深夜の自室である。・・・ありがとう、下君。バンコクではもう一人の裕治愛好家と後をつけたりして、ごめんね。ふふふ。ま、すぐ見失ったが。
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  おや、彼のブログがあるね。http://odyssey.namjai.cc/
  今気づいた。写真を掲載しようとして見つけた。少しさかのぼって読んでみよう。明日の仕事だね。・・・仕事?