panachoの日記

辺境アジアからバロックオペラまで

だれか、どれか、アヤコ

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 いぜんゴミ屋敷通信なのだが、もうあきらめた。長期戦となるだろう。

 その間、大量の本が布団類とその上の衣類類?の下に地層化しているので、必要な本が手に入らず、仕方なくなぜかあった(100円で買ってきたのだろう)曽野綾子の本を読んでみると、意想外に、ためになる。というか実に奥深い。というより、最近のポキの考え方にそっくりなので、意外の感にうたれつつ、ページの端を折ったりしているのである。

 さすがに線を引こうとは思わないが、実家になぜか自伝とともにあったもう一冊の佐藤愛子の本にも感心したところがあって、読み続けるためこちらに運んできたこともあったし、昔の?日本の随筆家たちの文章というのが読むに値することに気づく。

 気づいていなかったわけでは勿論なかったのだが、本は売るほどあるし、そこまで手が回らなかったというに過ぎない。でもこの自宅の惨状の下、読む機会が与えられた。こういうとき、曽野綾子は神のご配慮と思うのだろうが、ポキが思うのは、ただ、イモトアヤコの行ってQは今夜だったし、同じ綾子だなあとかということなのであった。

 しかし明後日の仕事にやっていくズボンのベルトが見当たらない。うーん。まことに総力戦化したリフォームにはまいったまいった。

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 ちょっと必要があって前者は再読、後者は買おうかと思っているのであるが、理由は秘密である。